大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和33年(行)9号 判決

原告 篠原大二 外七名

被告 静岡市農業委員会・静岡県知事

主文

被告静岡市農業委員会に対する原告らの訴を却下する。

被告静岡県知事に対する原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

一、請求の趣旨

(一)  原告らと被告静岡市農業委員会との間において、静岡市豊田地区農地委員会が昭和二十三年九月九日同市大字長沼字宮上坪六百六十九番の一、田九畝、同番の二、田八畝十五歩について樹立した農地買収計画は、無効であることを確認する。

(二)  原告らと被告静岡県知事との間において前項の買収計画に基き、被告静岡県知事が昭和二十三年十月二日付買収令書により、前二筆の農地に対してなした買収処分は、無効であることを確認する。

(三)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二、被告らの答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二、請求の原因及び被告らの主張に対する陳述

一、原告らの被相続人亡篠原幹三郎は静岡市大字長沼字宮上坪六百六十九番、田一反七畝十五歩、内畦畔二十八歩(現在請求の趣旨第一項記載のように分筆)を所有していたものであるが、静岡市豊田地区農地委員会は昭和二十三年九月九日、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六号に基き、本件農地を含む買収計画を樹立し、被告静岡県知事は右買収計画に基き本件農地につき買収の時期を昭和二十三年十月二日と定めた同日付買収令書を昭和二十四年四月ごろ原告に交付して買収処分をなした。

二、然しながら、右の豊田地区農地委員会の樹立した買収計画には次のような違法がある。

(一)  本件買収計画樹立に際して、豊田地区農地委員会は、個別的にどのような農地をどのような理由によつて買収するかを自創法第三条所定の各事由に照し、審議しなくてはならないのに、右農地委員会は、この点についてなんら審議をすることなく、本件農地について他の農地と一括して買収計画を樹立した。従つて、この買収計画樹立の手続は違法である。仮に、被告ら主張のように、本件農地が自創法第三条第五項第七号所定の要件を客観的に具備していたとしても、本件は当然買収ではなく、認定買収であるから、買収計画樹立手続の過程において該土地を認定買収の対象としたことを明示し、かつ、買収の根拠となる事由の有無につき、各筆ごとに審議をすべきであつた。しかるに、なんらこの点につき審議を経ていないから、本件買収計画樹立手続は違法であることを免れない。

(二)  幹三郎は本件農地について自創法にいわゆる在村地主であり、且つその保有農地も本件農地を含む二反十歩に過ぎなかつたものであるから、法律上その所有農地について買収される根拠はなかつた。従つて、豊田地区農地委員会の樹立した本件買収計画には、この点違法があるというべきである。被告ら主張の、原告が本件農地につき自創法第三条第五項第七号の買収申出をしたとの点は否認する。原告がなんら買収の申出をしたことのないことは、本件買収令書が昭和二十四年四月頃豊田地区農地委員会を通じ、原告宛交付された際、この受領を拒んでいることからも明らかである。

三、以上は何れも重大且つ明白な違法であるから、本件買収計画は無効である。又、被告静岡県知事の右買収計画に基く買収処分も、無効な買収計画に基くものであるから、無効であるといわなくてはならない。

四、幹三郎は昭和三十三年九月二日死亡し、原告らがその相続をしたから、豊田地区農地委員会を承継した被告静岡市農業委員会との間において本件買収計画の、被告静岡県知事との間において本件買収処分の、それぞれ無効であることの確認を求めるものである。

第三、請求原因に対する答弁及び被告らの主張

一、原告ら主張の一の事実は認める。

二、原告ら主張の二の(一)の事実は争う。豊田地区農地委員会は、本件農地を含む買収計画の樹立に際して、本件農地が自創法第三条第五項第七号の申出により買収すべきものであることを審議しているのである。この場合他の同条各号に基いて買収される農地と一括して買収計画が樹立され、各筆ごとにその根拠法条を明示して審議しなかつたとしても、右買収計画が審議された以上、本件農地が前同号の要件を客観的に具備していたから、買収計画の樹立手続になんらの違法もない。

三、原告ら主張の二の(二)の事実中、幹三郎がいわゆる在村地主であつたこと及びその保有面積が原告ら主張の通りであることは認めるが、その余の点は争う。本件農地につき買収計画を樹立し、且つ、買収処分をなしたのは、幹三郎より昭和二十三年八月初旬ごろ豊田地区農地委員会に対しその所有の本件農地について自創法第三条第五項第七号による買収の申出があつたからである。もつとも、同人が本件買収令書の受領を拒んだ事実は認めるが、これは申出当時と気持が変つたからに過ぎない。従つて、本件買収計画及び買収処分にはなんら違法はない。

四、相続の事実は認める。

第四、証拠〈省略〉

理由

まず、本件買収計画無効確認の訴が適法であるか否かについて判断する。本訴は同一の農地買収手続における買収計画の無効確認と買収処分の無効確認を同時に求めるものであるが、買収手続が目的としている法律効果を発生させるのは買収処分であり、買収計画はその前提となる手続の一部に過ぎず、もし当該訴訟で主張されている買収計画の違法事由が買収処分も違法にするものであれば、行政訴訟事件の判決は関係行政庁を拘束するのであるから、買収処分がなされた後でも買収計画を訴の対象となしうるという前提に立つても、両処分のいずれか一方を訴の対象とすれば足り、両処分を対象とする必要なく、もしその買収計画の違法事由が買収処分を違法にするものでないならば、買収処分がなされてしまつた後で買収計画の違法を確定しても、原告の権利義務に直接影響はないから、買収計画を訴の対象とする利益なく、また、買収計画が適法であつても、買収処分が違法でありうる場合もあり、結局、買収処分の違法事由は買収処分に影響のある買収計画の違法事由を包含するけれども、買収計画の違法事由は必ずしも買収処分の違法事由を全部包含するものではなく、いわば買収処分の無効確認は手続全部の無効確認であり、買収計画の無効確認は手続の一部の無効確認であるから、少なくとも本件のように、同時に両処分の無効確認を求めた場合は、買収計画無効確認の訴の利益を欠くものと解するのが相当である。

次に本件買収処分が無効か否かについて判断する。原告ら主張の第二の一の事実、第二の四の相続の事実は当事者間に争なく、原告らは、本件買収計画は本件農地について、個別的に審議することなく、他の農地と一括審議して樹立されたから、無効であり、従つて、これに基く本件買収処分も無効である旨主張するけれども買収計画樹立の際、農地を個別的に審議すべき旨の規定はないから、一括審議しても、その対象となつた農地が買収要件を備えていれば、なんら買収計画を違法にするものでなく、原告らの右主張は主張自体理由がないから、採用し難い。また幹三郎が当時在村地主であり、その保有農地の面積が原告ら主張の通りであつたことは当事者間に争がないけれども、成立に争のない甲第六号証の一、二、証人矢沢清一、川口常太郎、稲葉平治の各証言、弁論の全趣旨を総合すれば、幹三郎が、当時本件農地の賃借人であつた訴外稲葉平治の懇請により、昭和二十三年八月ごろ豊田地区農地委員会に対し、同委員会備付の農地買収申込書用紙を使用して作成した本件農地の買収申込書を稲葉に提出させて、本件農地の自創法第三条第五項第七号による買収申出をした結果、これに基き所定の手続を経て、本件買収処分がなされたことを認めることができ、右認定に反する乙第一号証の一の伏見善佐久の供述記載、原告篠原大二、篠原ろくの各本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。従つて本件買収処分にはなんら違法な点は存しないものというべく、その無効確認を求める原告らの請求は理由がないから、これを棄却し、本件買収計画の無効確認を求める部分は前示のように不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 藤井登葵夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例